尾関のあゆみ
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元号年 | 社長 | 会社沿革 | 事業・製品沿革 | 社会のできごと |
1903年 (明治36年) 11月 |
尾 関 長 次 郎 |
尾関長次郎が現在の台東区駒形にて、資本金140円の染料和漢薬問屋「尾関商店(屋号は丸深)」を創業 | 化学卸問屋として、染料、顔料、金粉、銀粉、胡粉、ニカワ、アラビアゴムから蚊取り線香など幅広く取り扱う | ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功 |
1912年 (明治45年/ 大正元年) |
明治天皇崩御、大正と改元 | |||
1914年 (大正3年) |
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第一次世界大戦勃発 | ||
1918年 (大正7年) |
第一次世界大戦終戦 | |||
1923年 (大正12年) |
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関東大震災 | ||
1926年 (大正15年/ 昭和元年) |
大正天皇崩御、昭和と改元 | |||
1943年 (昭和18年) 10月 |
尾 関 善 四 郎 |
長次郎死去により尾関善四郎が事業を引継ぐ | ||
1945年 (昭和20年) |
東京大空襲で駒形の店舗を焼失 | 第二次世界大戦終戦 | ||
1946年 (昭和21年) |
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1948年 (昭和23年) 12月 |
資本金100万円の法人組織「有限会社尾関善四郎商店」を設立 | |||
1953年 (昭和28年) |
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1955年 (昭和30年) |
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1958年 (昭和33年) |
東京タワー完成 | |||
1959年 (昭和34年) 3月 |
大阪支店を大阪市に開設 |
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NHK教育テレビの放送が始まる | |
1964年 (昭和39年) |
東京オリンピックが日本で開催される | |||
1965年 (昭和40年) 8月 |
法人の組織変更により、「株式会社尾関」に社名変更、資本金を2,200万円に増資 | |||
1969年 (昭和44年) 8月 |
顔料の化工・配合のための専属工場として、茨城県稲敷郡に「有限会社筑波化工所」を設立 | |||
1969年 (昭和44年) |
アポロ11号が人類初の月面着陸 | |||
1970年 (昭和45年) |
日本万国博覧会(大阪万博)が開催 | |||
1974年 (昭和49年) |
研究室を除いた本社機能を台東区駒形のビルに移転 |
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1975年 (昭和50年) |
バイエル(現:ランクセス)との直接取引を開始 | |||
1978年 (昭和53年) 1月 |
資本金を5,500万円に増資 | BASF製プラスチック向け顔料を取扱開始 | ||
1980年 (昭和55年) 11月 |
尾 関 義 隆 |
尾関善四郎は会長に、尾関義隆が社長に就任 | 研究室の様子 | |
1982年 (昭和57年) 1月 |
尾関流通センターを東京都板橋区より埼玉県川口市に移転 | 鉄心(コア)を取扱開始 →電子材料事業部発足へ |
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1983年 (昭和58年) 11月 |
電子材料事業部(現:電子部品営業部)発足 | インターネットが誕生する | ||
1983年 (昭和58年) 12月 |
資本金を8,800万円に増資 | |||
1988年 (昭和63年) 7月 |
本社を中央区湊に移転 | |||
1988年 (昭和63年) 12月 |
大阪支店を大阪市中央区に移転 | |||
1989年 (昭和64年/ 平成元年) |
昭和天皇崩御、平成と改元 | |||
1989年 (平成元年) 4月 |
大阪府枚方市に「枚方流通センター」を開設 | |||
1989年 (平成元年) 12月 |
有限会社筑波化工所を「株式会社筑波テックス」に社名変更し、資本金2,000万円とする | |||
1990年 (平成3年) |
東西ドイツ統一 | |||
1996年 (平成9年) |
NKK(現:JFEスチール)の「スーパーコア®」を取扱開始 | |||
1997年 (平成10年) |
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2001年 (平成13年) 8月 |
「尾關(香港)有限公司」を設立 |
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21世紀がはじまる | |
2002年 (平成14年) 4月 |
ISO14001(環境マネジメントシステム)に審査登録される 登録番号JSAE514 | ハイブリッドカー向け部品加工を受託 | ||
2002年 (平成14年) 11月 |
尾 関 竜 太 郎 |
尾関義隆は会長に、尾関竜太郎が社長に就任 | ||
2003年 (平成15年) 9月 |
景観事業部を分社化し、東海ゴム工業株式会社(現社名:住友理工株式会社)との共同出資(出資率35%)により「株式会社ビュープランニング(現社名:住理工商事株式会社)」を設立 | |||
2003年 (平成15年) 10月 |
ランクセスとのインデントビジネス開始 | |||
2003年 (平成15年) 11月 |
創業100周年を迎える | |||
2003年 (平成15年) 12月 |
Nubiola(現:Vibrantz)の群青を取扱開始 | 日本の自動車生産台数が世界第1位になる | ||
2008年 (平成20年) 3月 |
蘇州翔安電子有限公司に投資 | |||
2009年 (平成21年) 3月 |
「尾關(香港)有限公司広州連絡事務所(現:深セン連絡事務所)」を開設 | |||
2009年 (平成21年) 9月 |
株式会社筑波テックス石川工場を閉鎖 | |||
2009年 (平成21年) 10月 |
事業開発部発足 電子材料事業部技術開発部(現:電子部品技術室)発足 |
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2011年 (平成23年) 3月 |
東北地方太平洋沖地震 | |||
2011年 (平成23年) 7月 |
「尾関(上海)貿易有限公司」を設立 | |||
2013年 (平成25年) |
金属切削加工部品を取扱開始 | |||
2013年 (平成25年) 9月 |
事業開発部を改組 | |||
2014年 (平成26年) 8月 |
株式会社筑波テックスを会社清算 | |||
2014年 (平成26年) 9月 |
住友理工株式会社に株式会社ビュープランニングの株式を譲渡 | |||
2015年 (平成27年) |
ランクセスのカラー舗装用着色顔料を取扱開始 | |||
2016年 (平成28年) 3月 |
蘇州翔安電子有限公司を会社清算 | |||
2016年 (平成28年) 12月 |
尾関(上海)貿易有限公司を閉鎖 | |||
2018年 (平成30年) 2月 |
本社を中央区新富に移転 | |||
2023年 (令和5年) 10月 |
関東経済産業局より「事業継続力強化計画」の認定を受ける |