1. 化学品と電子部品の専門商社・株式会社尾関
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尾関のあゆみ

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元号年 社長 会社沿革 事業・製品沿革 社会のできごと
1903年
(明治36年)
11月




尾関長次郎が台東区駒形にて、資本金140円の染料和漢薬問屋「尾関商店(屋号は丸深)」を創業 化学卸問屋として、染料、顔料、金粉、銀粉、胡粉、ニカワ、アラビアゴムから蚊取り線香など幅広く取り扱う ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功
1912年
(明治45年/
大正元年)
    明治天皇崩御、大正と改元
1914年

(大正3年)
 
  • 戦時の物資輸送停滞の中、ドイツからの輸入品だった染料を取り扱う
  • 大戦終結前に手持ちの商品をすべて売却して不動産に投資。貸家40軒、台東区・墨田区を中心に5,000坪、上石神井に2,000坪の土地を所有。その一環として台東区駒形に店舗を購入し移転、店員数は10数名
第一次世界大戦勃発
1918年

(大正7年)
    第一次世界大戦終戦
1923年

(大正12年)
 
  • 関東大震災発生により蔵を除いた店舗、住居、貸家を焼失したが直ちに新築し直した
  • 再建にあたり神社仏閣や浅草公会堂などに多額の寄付を行い、感謝状をいただく
  • 蔵の焼失は防ぎ、支払もきちんと行う一方で請求にも厳しく、対外的信用を得た
関東大震災関東大震災
1926年
(大正15年/
昭和元年)
    大正天皇崩御、昭和と改元
1943年
(昭和18年)
10月




長次郎死去により尾関善四郎が事業を引継ぐ    
1945年

(昭和20年)
  東京大空襲で駒形の店舗を焼失 第二次世界大戦終戦
1946年

(昭和21年)
 
  • 台湾に出兵していた善四郎が戦地から復員、戦前の社員4名とともにバラックで事業を再開したが商品の入手に苦慮
  • 事業を起こした方々が原材料入手のために尾関商店を訪れた
終戦4年後終戦4年後・復興途上の仮営業所
 
1948年
(昭和23年)
12月
資本金100万円の法人組織「有限会社尾関善四郎商店」を設立    
1953年

(昭和28年)
 
  • 台東区駒形に本社社屋を新築。江戸通りに面した65坪の土地に木造2階建ての社屋。1階は業務と経理室と倉庫、2階は社長室と営業の部屋、顔料や染料の小詰室と自社製品の研究室になっていた
  • 戦後全国の建材店に対して左官が使う材料である顔料や染料の小詰、自社製品などの商品群をもって卸を開始し、現在でも主要ユーザーである企業への販売へと拡大
  • 建材向けを中心に自社の研究室や工場で調色・配合などを行ったオリジナル商品も販売
 
1955年
(昭和30年)
 
  • 社員17名(男性11名・女性6名)
  • 販売先は大別して卸部門と需要家部門に2分化
  • 卸部門は都内~関東近県、東北、北陸、名古屋、九州の塗料商向け
  • 需要家部門は塗料、レザー、クロス、絵具、印刷インキなどのメーカー向け、大阪への売込を開始
 
1958年

(昭和33年)
    東京タワー完成東京タワー完成
1959年
(昭和34年)
3月
大阪支店を大阪市に開設
  • バイエル(現:ランクセス)の顔料を取扱開始
  • PVC・PUレザー業界に商品を販売
当時の封筒当時の封筒
NHK教育テレビの放送が始まる
1964年

(昭和39年)
    東京オリンピックが日本で開催される東京オリンピックが日本で開催される
1965年
(昭和40年)
8月
法人の組織変更により、「株式会社尾関」に社名変更、資本金を2,200万円に増資    
1969年

(昭和44年)
8月
顔料の化工・配合のための専属工場として、茨城県稲敷郡に「有限会社筑波化工所」を設立    
1969年

(昭和44年)
    アポロ11号が人類初の月面着陸
1970年

(昭和45年)
    日本万国博覧会(大阪万博)が開催日本万国博覧会(大阪万博)が開催
1974年
(昭和49年)

研究室を除いた本社機能を台東区駒形のビルに移転

   
1975年

(昭和50年)
  バイエルとの直接取引を開始  
1978年
(昭和53年)
1月
資本金を5,500万円に増資 BASF製プラスチック向け顔料を取扱開始  
1980年
(昭和55年)
11月



尾関善四郎は会長に、尾関義隆が社長に就任 研究室研究室の様子  
1982年
(昭和57年)
1月
尾関流通センターを東京都板橋区より埼玉県川口市に移転 磁性材料(コア)を取扱開始
→電子材料事業部発足へ
 
1983年
(昭和58年)
11月
電子材料事業部(現:電子部品営業グループ)発足   インターネットが誕生する
1983年
(昭和58年)
12月
資本金を8,800万円に増資    
1988年
(昭和63年)
7月
本社を中央区湊に移転    
1988年
(昭和63年)
12月
大阪支店を大阪市中央区に移転    
1989年
(昭和64年/
平成元年)
    昭和天皇崩御、平成と改元
1989年
(平成元年)
4月
大阪府枚方市に「枚方流通センター」を開設    
1989年
(平成元年)
12月
有限会社筑波化工所を「株式会社筑波テックス」に社名変更し、資本金2,000万円とする    
1990年

(平成3年)
    東西ドイツ統一
1996年

(平成9年)
  NKK(現:JFEスチール)の「スーパーコア®」を取扱開始  
1997年

(平成10年)
   
  • 香港がイギリスから中華人民共和国に返還
  • 世界初の量産型ハイブリッドカー、トヨタ・プリウスが発売
2001年
(平成13年)
8月
「尾關(香港)有限公司」を設立
  • 中国サプライヤー開拓を開始
  • 中国・広東省でスーパーコア®の加工を受託、プレス機1式を尾関にて投資
  • スーパーコア®を適用した尾関自社設計のトロイダルコイル「OZリニアインダクタ」販売開始
  • 携帯発電機向けにスーパーコア®リアクトルを供給
21世紀がはじまる
2002年
(平成14年)
4月
ISO14001(環境マネジメントシステム)に審査登録される 登録番号JSAE514 ハイブリッドカー向け部品加工を受託  
2002年
(平成14年)
11月




尾関義隆は会長に、尾関竜太郎が社長に就任    
2003年
(平成15年)
9月
景観事業部を分社化し、東海ゴム工業株式会社(現社名:住友理工株式会社)との共同出資(出資率35%)により「株式会社ビュープランニング(現社名:住理工商事株式会社)」を設立    
2003年
(平成15年)
10月
  ランクセスとのインデントビジネス開始  
2003年
(平成15年)
11月
 創業100周年を迎える    
2003年
(平成15年)
12月
  Nubiola(現:Ferro)の群青を取扱開始 日本の自動車生産台数が世界第1位になる
2008年
(平成20年)
3月
蘇州翔安電子有限公司に投資    
2009年
(平成21年)
3月
「尾關(香港)有限公司広州連絡事務所(現:深セン連絡事務所)」を開設    
2009年
(平成21年)
9月
株式会社筑波テックス石川工場を閉鎖    
2009年
(平成21年)
10月
事業開発部発足
電子材料事業部技術開発部(現:電子部品技術室)発足
   
2011年
(平成23年)
3月
    東北地方太平洋沖地震
2011年
(平成23年)
7月
「尾関(上海)貿易有限公司」を設立    
2013年
(平成25年)
  金属切削加工部品を取扱開始  
2013年
(平成25年)
9月
事業開発部を改組    
2014年
(平成26年)
8月
株式会社筑波テックスを会社清算    
2014年
(平成26年)
9月
住友理工株式会社に株式会社ビュープランニングの株式を譲渡    
2015年

(平成27年)
  ランクセスのカラー舗装用着色顔料を取扱開始  
2016年
(平成28年)
3月
蘇州翔安電子有限公司を会社清算    
2016年
(平成28年)
12月
尾関(上海)貿易有限公司を閉鎖    
2018年
(平成30年)
2月
本社を中央区新富に移転    

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